BIKER WALLET
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の友人、N原くん。彼とはもうかれこれ13、4年位の付き合いになるが出逢った頃から一貫して50'Sやロカビリーが好きで若い頃には'56キャディラックに乗っていた時期もあった。市内某ガス店に勤務する彼の性格は真面目で温厚、とても信頼できる人柄だ。彼の収集するレコードや50's家具、洋服やアクセサリー類もセンス良く凄いのだが何と云っても革ジャンのコレクションは随一で40〜50年代のモーターサイクルジャケットには造思が深い。BUCO、HARLEY、SCHOTT、トロージャンなどの有名処から映画「THE WILD ONE」でマーロンブランドが着てたデュラベルまでも所有する。最近はオーダーで誂えたPETER'Sレプリカがお気に入りの様子。夏のライディングに活躍する自分のマッコイ製BUCO J-24は数年前に彼から譲り受けた物でスタッズカスタムを施し愛用している。彼の口癖は「あとはバイクさえ揃えば完璧だ!」そう、彼に必要なアイテムはビンテージのTRIUMPHかHARLEY、現時点では良い意味で究極のファッションバイカーである。可愛い妻と一戸建てローンを抱える身ゆえ、高額なビンテージバイクはきっといつかは...の夢。だが我々40代もう人生折返し地点を迎えた感もある今日この頃、早くバイクを手に入れて一緒に走る仲間に加わって欲しい一人でなのである。かく云う自分もバイクに惚れ込んではいるものの実際維持するのは容易では無い。。生活と趣味の両立は我々の様な男達の一生のテーマだ。N原くん、お互い頑張ろうね!

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1930〜50年代の洋画DVDが近所のHomacのワゴンセールで1枚¥100で売ってたので買ってみた。最初10枚程購入し暇な時にでも観てみよっかな!?位の気持ちで観出したら面白くてしょうがない。最近は朝早起きして映画タイムだ。今日も20枚追加で買って来てしまった。昔の映画も2時間位あるので結構な見応えだ、字幕と吹き替え両方付いてるので内容も理解できる。映画の楽しみ方は人各々だが自分的にはやはりファッションと音楽、乗り物特にバイクが気になる。30〜50年代の紳士淑女は勿論、子供や老人の服装が実に興味深くリアルタイムの時代考証が凄く勉強になる。特に俳優達のタキシードやスーツ、テイラードの着こなしは素晴らしくて参考になる。立ち振る舞いや仕草にも味が有る。イギリスとアメリカでは映画の雰囲気やテイストが異なり役者も当然若い頃の名優が多く、お気に入りはマーロンブランド、グレゴリーぺック、フランクシナトラ、ハンフリーボガード、クラークゲーブル、オーソンウェルズ、イングリットバーグマンetc...30年代初期はトーキー(無声映画)で弁士の語りが面白いが長く観てると飽きて来る。アメリカ映画では40年代のポリス仕様のバイクでハーレーもたまに出て来る、ナックルヘッドが多い中フラットヘッドもたまに有って嬉しくなる。音楽は殆どビッグバンドジャズオーケストラかクラッシック、オペラ、たまにウエスタンスウィング、ジャンプブルースなんかが多い。女性の髪型やコスメも面白い、洋服の色などモノクロなので余計想像力が鍛えられるのかもしれない。金髪とブルネットでは光り方が違う、ワンピースやスカート、ドレスのウエスト位置がやたらと高いのもこの時代の特徴だ。タイトルバックのレタリングもやたらお洒落でデザインのインスピレーションを刺激してくれる。60〜80年位前の異国文化に触れる一つのツールとして手軽に大変役に立つのが映画DVDだろう。

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ライブショー無事終了致しました。「Vir」にお越し頂いたお客様ありがとうございました!今回も早々の満席の為、入場できなかった方がかなりいらっしゃった様で誠に申し訳けございません!次回は旭川文化会館大ホール?または大雪アリーナ?で公演致しますのでお越し下さい。今回は30〜40'Sスーツルックで皆キメてみました。蝦夷旧車会メンバーでもある鳴海くん他3名のプロショットによるキャメラ4台で我々のライブをバッチリ撮影してくれましたので後日編集してライブの模様はDVD-Rになる予定なので楽しみです。2部ではまさかの弦切れ&ピックガード割れのアクシデントがあったものの底知れぬブルース魂で1953年製GIBSON ES 295を弾きまくるギター&MC担当の淳郎、この日はオリジナル曲「藤'Sテーマ」を唄い上げました。アンコールの「見上げてごらん夜の星」では初の弓弾きソロを披露したウッドベースFUJIくん、安定したリズムキープと「誰でもいい!」ではセリフもキメたドラムス達矢、今回よりフルコーラスに昇格した女性ボーカルの慈はルースブラウンのTear's From Eyesの替え歌他を熱唱、ニューウクレレは良い音で鳴ったものの「メケメケ」で歌詞が飛んだのが悔やまれるボーカル&ウクレレ担当の私、堀でした。。写真はライブ終えてのヒトコマ。キムチキャッツ今後ともどうぞよろしく。
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good Rockin'のCheating Loungeブランドから品番CLS-028 ¥12390(税込み)50'Sレプリカタイプのシャツが入荷しました。オープンカラーですがトップまで釦をするとネクタイなどもできる優れモノでコーディネートの幅が広がります。ジーンズやスラックスに合わせたりスーツ、ブレザー、ジャケット、カーディガンのインナーなどにも活躍します。こんな定番的プレーンなシャツをずっと求めてました、近年の古着市場ではこの手のシャツは余り出回らなくなって来てるのでリリースの嬉しいアイテムの一つなのです。自分の経験から言って古着の場合はジャストサイズを見付けても大抵首廻りが小さくてトップ釦が止められず結局オープンでしか着る事ができません。首廻りに合わせて大きめを購入すると身巾や袖丈が合わなくなってしまう事が多かったのですが、もう安心!これで悩みは解消。色は黒ベース、ベージュベース、ワインベースの3色が入荷。サイズはS.M.L 素材は綿100%で質感、着心地共に良く生地に薄らとカスリ柄がプリントされています。この「薄ら」がポイント!レプリカに有りがちな「わざとらしさ」が無く、さり気ない「大人っぽさ」が魅力なのです。衿、胸ポケットフラップ、袖口にはハンドステッチミシンが施されていてアクセントになっています。釦はフロント5個トップループ釦1個でシャツと同系色の雰囲気の良い飾り釦が付いています。同素材でハンチングキャップのリリース予定も有り!この春、good Rockin'から目が放せませ〜ん!
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T谷氏のライブを久々に観た。某会社社長業の傍ら旭川のジャズやブルース音楽を引率する師である。T谷氏との付き合いも気が付けば長く、音楽に対するブレない姿勢が実に素晴らしい。バックはT谷氏に20年間鍛え上げられたキムチキャッツのギターリスト&ベーシスト、この二人は真にT谷氏直系の弟子分である。この日の私は観客でT谷氏の唄、ギター、ハーモニカに酔いしれた。終演後に皆で呑んだが話題は当然音楽。「キムチキャッツは何処に出しても恥ずかしく無い、旭川一だ!俺の後輩達が立派に育ってくれて嬉しい」とお言葉を頂き励みになった。T谷氏に誉められるとかなり嬉しい!いよいよ21(土)はVirにてライブ、期待と不安この緊張感がバンドの醍醐味である。
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改装して始めてS井ちゃんが友達のY田くんと一緒にお店に来た。最初に出逢った頃は高校生だったのでもう23年位の付き合いになるが、ず〜とお互いテディボーイで共に青春を過ごした仲だ。80年代のクリームソーダとネオロカビリーが大好きで洋服などを収集しているが今日着て来たのも初期型の赤衿Wライダース革ジャン(裏地豹柄ボア&白タグ)マニア睡涎の激レアアイテムである。8,9年前に作業中の爆発事故で目と足を損傷し入退院生活を強いられていたがようやく通院できる位までに回復したのだ。足には未だ金具が入っておりその一部が肌から突出しているのが痛々しく松葉杖を突きながらも気丈に歩く彼の姿を見ていると込み上げて来るものがある。S井ちゃんとは先輩後輩の仲だが遠慮無くお互い何でもよく話す。一度悩みごとを打ち明けた事もあったが実に優しい心の持ち主でまるで自分の事の様に一緒に考えてくれた、そんな大切な友達の一人でもある。「S井ちゃん、足が完治したらまた一緒に踊ろうぜ!」
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キムチキャッツ再結成3度目のライブは無事終了しました。元キャロルのリードギター内海さんのギターと歌がとても素晴らしかった!正直キャロル時代からギターが凄いのは習知の通りでしたがボーカルも上手くてビックリ!アコーステイックの弾き語りに遣られちゃいました。。人柄も温厚でユーモラスで一発でファンになってしまいました。ユウ岡崎さんのドラムも真にレジェンドで流石でした!僕らの演奏を誉めて頂き光栄でした。心配してた動員も新聞やラジオ広告が効を成し130名位入った様でお客さんも楽しんでたのでライブは成功だったと思います。ライブ終了後は始めてキムチメンバー全員で居酒屋で反省&呑み会、この日でキムチ貯金を使い果たした我々でした。来週21(土)2条5丁目「Vir」にて『キムチキャッツ』ショー2ステージ公演です。皆様お越し下さ〜い!
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に若かりし頃乗っていた。先輩が帯広から2台持って来て約1年半掛けてレストアしたのだがボディーは錆が酷かったのでオール板金し直してから純正カラーのネイビーメタリックで全塗装、足りない部品は探しまくりマニアやオーナーズクラブにも連絡して分けてもらいに出向いたりもした。グリルやモール、ホイルキャップなどのクロームパーツは全て再メッキし直し、ハンドルは専門業者で再生、燃料タンクは一旦取り外し中を洗浄してからコーティング、内装はオリジナルの西陣織りが奇跡的に新品状態で残っていたのでそのままにした。G7エンジンは比較的走行距離が少なかったのでオーバーホールせず、キャブ調整とプラグとオイル交換で蘇った。燃料ポンプや配線類を新しく引き直し、タイヤは夏冬兼用のクラッシックドレットパターンのホワイトリボンを履かせ車高は前後共少しだけ下げた。レストア費用に新車が買える程要した事は想像し易いであろう。完成した頃は嬉しくて毎日の様に乗った。有鉛ガソリンも既に余り売って無かった頃で給油ごとにバルブリセッション防止剤を燃料に混ぜたり、冬になるとカギ穴が凍ってライターで暖めてからキーを差したり、カーオーディオは勿論キャセッツテープの時代だった。娘がまだ小さかったので車に乗せるといつも窓ガラスをベタベタさわって汚したのを思い出す。アメ車に憧れもあったが国産クラッシックカーが好きだった。その頃、赤平クラッシックカーフェスティバルにROCKOLA CLASSICSと云うカークラブを数名で設立し参加しはじめた。同クラブの車両が3年連続優勝し、廻りの参加者からブーイングも聞こえ出したが我々クラブの車両はドメスティッククラッシックセダンカーの王道を行く集まりであった為、他の追従を許さなかった。欲を云えばクラウン観音開きが有れば完璧だったと思う。今でこそバイク一筋だが若い頃(23歳)は車派だったのである。19歳の頃乗ってた縦目グロリアPH30も良かったがそれ以前の猫目グロリアプリンスS41のスタイリングの良さと乗り味は別格であった。つかの間の夢を見た後、交通事故が原因で自動車運転免許証取り消し処分となり1年間自転車通勤するハメとなったのは以前もお話しした通りである。
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可愛いお客さんがお店にやって来た!その子の名は虎ノ助くん、生まれて数カ月の雄の子猫ちゃんで飼い主はMゆみさん。ウチのココちゃんと遭遇させたが最初はお尻の臭いを嗅いで情報収集&分析の後、自分より小さいその物体にジェラスィを感じたのか「キィ〜」と威嚇。「お前もついこの前までこの位のサイズだったのに大きくなったなぁ。。」と感心しつつ思わず虎ノ助くんを抱き締める私。クッキーも降りて来て同じく威嚇&警戒、モモは遠くから見てるだけでマロンくんは我関せずとばかりに降りても来ない。猫によって反応も様々だ。元気に遊び回る虎ノ助くんを見てるとホント心が和む。また連れて来てね、今度逢う時はもう少し大きくなってるね!

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2000年3月号に掲載されたが実際に取材を受けたのは1999年だったのでもう10年前だ。この頃は市営住宅に住んでいて(家賃¥14800)市の許可無く勝手に壁にペンキを塗り床にピータイルを敷いたりして好きな感じにリフォームした。1年程しか住まなかったけどそれなりに住み心地は良かったのを憶えている。玄関の横に小さな物置き部屋みたいなのが在ってそこにHOLLY'S時代の古着の在庫をお客さんが来て見せれる様にハンガーラックに掛けて事前に連絡くれる人だけに対応すると云うシステムで商売もしていた。今改めて部屋の写真を見ると詰めが甘く、なんでウチが取材されたの?みたいな気がするがこの時はコレでも充分良かったのだろう。既に手放してしまった'ギター56 GRETSCH#6120Gブランドや亡くなった飼い猫のちゃ太郎が写っていて懐かしい...
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1967年2月6日ベトナム戦争で枯葉作戦が開始された日、生を受ける。
クリームソーダとラルフローレンの創業年、ハーレーはパンヘッドからショベルヘッドに進化。「MG5ポマード」「リカちゃん人形」発売、モンキーパンチ「ルパン三世」登場、「ウルトラ7」放映開始、「007は二度死ぬ」上映、ミニスカートの妖精ツィギーが英国より来日、石原祐次郎の「夜霧よ今夜もありがとう」荒木一郎の「いとしのマックス」ザ.フォーク.クルセイダーズの「帰って来たヨッパライ」がヒット。映画「女はそれを我慢できない」主演女優ジェンマンスフィールド、「風と共に去りぬ」ビビアン.リー、キューバ革命指導者チェ.ゲバラ、元主相 吉田茂などが亡くなった年。同じ誕生日の有名人はベイ.ブルース、ロナルド.レーガン、ボブ.マリー、ナタリー.コール、デヴィ.スカルノ、キャッシー中島、横山輝一、石塚英彦、大槻ケンヂ、福山雅治、コニーさんCOOL CATSのドラマー ヒロくんなどが居る。そして何より我が両親が始めて人の親になった日である。。

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「キムチキャッツ」メムバーのギターリスト淳くんから昨日一枚のレコードを借りた。
早速ターンテーブルに載せアナログ音源をCD-Rに変換してじっくり聞いてみた。驚いた事にデューク.エリントンが1932年に作った有名な曲を1935年6月6日にレコーディングしている日本人が居る、ディック.ミネ(本名 三根徳一)である。ディック.ミネと云えば「ダイナ」を思い浮かべる方も多いかもしれないが明治41年10月5日生まれの彼が50年間の音楽活動で残した音源は500曲を超えると云われている。レパートリーはジャズ、タンゴ、シャンソン、ウェスタン、ハワイアン、歌謡曲と多岐に至るがその真骨頂はやはりジャズ.シンガーであった。今やスタンダードナンバーとなったこれらの曲だがいち早く日本語訳詞と英語で堂々と歌い上げる彼のセンスは全く凄いとしか言い様が無い。映画俳優としても活躍した長身の二枚目、センスの良い服装、スムースな英語発音と独特の唄い廻し、当時モダンボーイの最先端であったろう。1991年6月10日享年84歳で亡くなっている、尊敬するエンターティナーの一人だ。
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の命日だ。。1959年2月3日夜中の飛行機事故、22歳の若さであった。同乗していた「ラ.バンバ」で有名なリッチーバレンスは17歳で命を落としている。シャンテリー.レースのヒットで知られるビッグ.ボッパーも亡くなった。この事故で偉大なロックスター3名が同時この世を去った訳だが中でもバディ.ホリーの残した功績は大きいと思う。個人的にも好きな曲が多い。いつかBAT3でバディ.ホリーメドレーを作って披露したいと思う。その時は黒ぶちメガネを掛けて芸名は勿論『バディ堀』。因にバディの親友でもあったエディ.コクランは彼等の死を弔い「スリー.スターズ」と云う曲を書いたがそのわずか1年2カ月後、彼も21歳の若さで自動車事故で亡くなっている。ロッカーは早死になのだ。って事はもうすぐ42歳になる俺は....?
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